もくもくろぐ

技術力

東京工業大学を卒業しました。

だいちろは、去る3/26に東京工業大学を卒業しました。 サークルとかもあるけど、お勉強のことについて書きます。 大学選びの参考になればいいです(ならない)。

概要

  • 0,東工大での生活:情報工学科で一年留年をして卒業をした
  • 1,東工大で学んだこと:情報工学のお勉強などをした
  • 2,よかったこと:頭のいいひとがいっぱいいたし、難しいことを勉強できた
  • 3,イマイチだったこと:まじめすぎてつまらないこともあった
  • 4,これから:インターネット会社に就職する

0, 東工大での生活

岐阜で一番あたまのよい高校で遊んでいただいちろは、一年浪人をしました。
そうしたら東工大に合格したので通うことにしました。
大学から歩いて6-7分のところに下宿をしました。家賃はもろもろコミで70kくらいだったと思います。
このあたりは坂が多く、家は坂の下にあったので毎日えいにゃえいにゃと登っては登校していました。登校しないときもありました。
おかげで坂を登る体力はついたようです。たまに遊びにくる人よりは楽に登っていた気がする。

歩いて通うと問題なのが時間にルーズになるということです。
家から講義室まで何分、ということは把握しているが「走ったら…」「早足で行ったら…」という思考がはたらき遅刻をする。 もしくは走ったら間に合う時間に出ようとすると鍵が見つからなかったり忘れ物をして取りに戻ったりして遅刻をする。
出席をとる授業がそもそも(ほぼ)ないこともあり、遅刻しまくっていました。
遅刻自体は小中高とずっとしていましたが…。

一人暮らしは誰も管理する人がいないので、自分で管理しないといけないのですが、生活リズムは乱れるばかりでした。
そのため起きたときには授業が既に始まっていることも多々ありました。そうすると、「遅刻して入ると心象が悪いし、もう休んじゃうか」という思考になり休むことも多かったです。
眠たいときなんかはそうして二度寝をして、起きたら次の授業が…というループもよくやりました。
確実にいける授業は4限(15:00スタート)だけでした。

そんなことばかりしていると当然提出物も出せず、テストの点も取れず、落とした授業は星の数より多くなりました。
また、きちっと出ていた授業もテストができないと当然のように単位は来ないので難しそうな授業は「こんなん出ても出んくても一緒やろ!」と思うようになり単位の取れる授業はほんの少しだけになりました。
ある学期の取得単位数は8とかだった気がする。

東工大では、1→2年、3→4年で進級orDIEの評価が行なわれるため、当然後者でひっかかり、留年しました。
前者は教養科目ばかりで簡単だったのと、まだ大学へのワクワクがあったためよくがんばっていたので2単位余らせて進級できた。
留年度になると「この世はスキルのある者だけが生き残るのだ!」と世紀末的な考え方に変わり、iPhoneアプリ MokuMoku を開発したりしていました(実際MokuMokuで就職できたんだけど)。
また後期はひとつも落とせないということになり、大学へ入ってはじめて本気で勉強をしました。おかげでギリギリ単位がそろい進級できました。 4年になり研究室へ配属されました。研究室の生活はマジで楽しかったです。全員自分より頭がよくて刺激的でした。
一方講義はつまらない、でも卒業単位が足りない…となり、前期では全部とりきれず、後期もギリギリで揃えました。そして無事卒業に至りました。

そう、ぼくは大学への興味を失っていた!!!!

1, 東工大で学んだこと

「パソコンすきだしプログラミングしたいな〜」と思い5類を選択した浪人時代のだいちろだったが、実際はプログラミングの授業は少なかったです。
情報工学といえば、アルゴリズムだとか符号理論だとか統計と確率だとか論理学だとかのいわゆる「座学」が多いのです。
プログラミングの授業は楽しんで受けていたんですが、その他の授業は「これは今後役に立つのだろうか?」と思う授業があり、そう思ってしまうと「勉強しなくてもいっか」となり受けなくなりました。
しかし進級・卒業にはその授業の単位が必要なので…という状況になったのも留年した一因です。

大学は自分で学ぶことを選択できる、と信じ込んでいた(今もそう思ってる)ので、「どう考えてもこれは必要ないだろ」と思った授業は最後までとりませんでした。
逆に「これは是非学びたい!」と興味がもてる授業を自分の中に作れなかったのは残念でした。(プログラミング演習以外)

単位のため、を含めると、アルゴリズム、計算機アーキテクチャ、符号理論、アセンブリ言語コンパイラ構成、数理計画法などを学びました。
専門科目25個中60点(ぎりぎり合格)の科目が7つもあることからお察しという感じですね。
それでも応用情報技術者の試験の計算系は余裕で解けるくらいの力はついていたようです。普通なのかな…
(ちなみにマネジメント系とかを勉強していなかったので落ちた)

2, よかったこと

東工大にいてよかったこと、それは「みんな頭がいいこと」です。
入試はけっこうギリギリで受かって、入ってからはあまり勉強してなかったので成績は最低だったので、みんなぼくより賢かった。いろいろなことを知っていた。
知識が豊富でいつでも勉強のことを話していた。メシを食べながらもテストのことや過去の受験のことなどを話していた。
自分からすると知らないことを仕入れてくれるので、ほうほうなるほどすごいなあということをいつも思っていました。

研究室へ配属されるとそれは特に顕著でした。希望の研究室へ入れたので、自分の興味のある分野で、自分の興味のある分野の知識をなんでももっている人ばかりで、ゼミでは感心してばかり、 リフレッシュルームの雑談では、なるほどそういうのもあるのか…ととても楽しい毎日でした。
どちらかというとWeb系ベンチャーでバイトなどしている人も多くそういう話を聞くと、行きたいなぁバイトしたいなぁとか思っていました。

研究室の同期も漏れずに自分よりも賢くて、ゼミ準備やってないよ〜とか前日あたりに言っていても当日しっかり揃えてくるので「お前らそういうタイプか!」と思ったことはあるけれど 負けないぞという気持ちが強かったので、自分の番なぞはがんばって準備をするなどしました(でもぼろぼろだった)。

頭のよいひとたちに勉強、社会の知識、自分の知らない知識・考え方を学べたことはこの大学ならではだと思っています。
(抽象的になってきているのは執筆を急いでいるからなのでゆるしちくり〜)

3, イマイチだったこと

東工大生に足りないなぁと思っていたこと。社会をみるということと、おしゃれであることです。

まず、メシの時も勉強の話しかできないというのはいかがなものか。
数式を頭に浮かべながら難しいことを考えていてはごはんをおいしく食べられないではないか!
まぁそう思うのは馬鹿な自分だけだったのかもしれないけれど、冗談のひとつやふたつでも言って楽しく食べたいなぁということを思った場面はよくある。
社会のことといっても、エーケービーがどうのこうのとか昨日のドラマがどうのとかいうのでは断じてない。ぼくもそのへんはよくわからない。
確かに雑談は難しいのだけれど、すすんで勉強の話ばかりするのはねぇということだ。
我々であれば、最近アツいwebサービスがあるんだけれどさぁ…みたいな話ができるひとがもっといればよかったなあと思った。
(もちろん、おちんちんがさぁ…みたいな話をするひとがいればもっとよい。)

おしゃれであること。自分が変な格好をするのが好きなだけなので他人の服装をどうこういうつもりはない。
おしゃれであるとは服装の話でなくて、もっとサブカルチャーな人が多かったらいいなあということである。
東工大には「文系科目」という理工系とは対局をなす講義があり、卒業するまでにいくつかとらないといけない。
その講義の中にはファッションの講義や音楽の講義、美術の講義などがあり非常におもしろい(ここにあげたのはぼくは全部とった)のだが、そのあたりに興味があるひとが少なかったなという印象である。
興味があるが学年が異なっており必修とかぶるのでとれなかった、ということを言っているひともおり、大学はリベラルアーツを掲げるのであればこのあたりを早急に改善すべきではないか。と思う。

コンサートに行ったり美術館に行ったり写真を撮ったりするのは楽しいよ。まぁこれはその人の趣味になってしまうので難しいのだけれど教養としてね…なんて思ってしまったりする。
ぼくもボードゲームは研究室に入ってから覚えたしなんとも言えないところではある。

常体はおしまいにしておわりにむかいます。

4, これから

いいことも悪いこともあった大学生活ですが、楽しい生活だったと思えます。5年かけてじっくり大学をみることができたし、やりたいと思ったことは8割くらいできたと思います。
明日からは社会人になり、インターネット会社でエンジニアとして働く予定です。すぐやめないようにしたい。
同期に限って言えば、人間としては大学のほうがおもしろい(interesting)ひとが揃っている感じなのではやく配属されてチームでワイワイしたいです。